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体には、体の都合がある

  • 執筆者の写真: Eri Ito
    Eri Ito
  • 4 日前
  • 読了時間: 6分

更新日:4 日前



体には、体の都合がある。


そしてそれは、

必ずしも「私たちの都合」とは同じではありません。


私たちには、仕事がある。

予定がある。

家事がある。

子どもの世話もある。

約束も、責任もある。

もちろん、楽しみだってある。


「今日は休めない」

「これだけは終わらせないと」

「もう少し頑張れる」


そんな日もあります。


でも、その間も体はずっと働いています。


私たちが寝ている間も、

心臓は動き続け、呼吸は続く。


食べたものを消化して、

必要なものを取り込み、

不要なものを体の外へ出す。


肝臓は、栄養素やアルコール、薬など、

体に入ってきたさまざまな物質を処理する。


腎臓や腸は、

体の中のバランスを保ちながら、

不要になったものを外へ出していく。


外から病原体が入ってくれば、

免疫系も反応する。


私たちが意識していなくても、

体の中では、生命を維持するための仕事が

一日中、ずっと続いています。


食べすぎた日も。

飲みすぎた日も。

寝不足の日も。

無理をしてしまった日も。


体は、その時その時の状況に対応しながら、

私たちを生かそうと働き続けています。




私たちには、私たちの都合がある


でも、私たちには私たちの生活があります。


仕事の締め切り。

明日の予定。

家事。

子どものこと。

人との約束。


「今は休んでいる場合じゃない」


そう思うことは、誰にでもあります。


でも、体は私たちのスケジュールに合わせて

不調を起こしたり、止めたりしてくれるわけではありません。


体は、いろいろな形でサインを出します。


痛み。

疲れ。

なんとなく具合が悪い。

眠れない。

気持ちが不安定になる。

いつもと違う体調の変化。


もちろん、こうした症状にはさまざまな原因があります。


でも時には、


「少し無理をしているよ」

「何かがおかしいよ」

「今までと同じではいられないよ」


そんなサインとして受け取れることもあります。


私たちが忙しくても、

予定が詰まっていても、


私たちの都合なんて、お構いなく。


体は、体の都合で反応します。





無視し続けると、それが「普通」になる


けれど私たちは、

そのサインを後回しにしてしまうことがあります。


「これくらい大丈夫」

「そのうち良くなる」

「今は仕方がない」


そうやって数週間、数か月、

何年も、ときには何十年も。


体や心の声を無視し続ける。


すると、いつの間にか、

その状態そのものが「普通」になっていくことがあります。


いつも疲れているのが当たり前。


どこかが痛いのが当たり前。


眠りが浅いのが当たり前。


常に緊張しているのが当たり前。


自分を責めるのが当たり前。


無理をするのが当たり前。


休むことに罪悪感を感じるのが当たり前。


長く続けば続くほど、


「私はこういう人だから」

「昔からこうだから」

「仕方がない」

「これが私の普通だから」


そう思うようになっていく。


そして、その「当たり前」を

疑うことさえなくなっていきます。




「当たり前」が、檻になることがある


自分の性格。


習慣。


思考の癖。


自分自身についての思い込み。


これまでの経験や環境。


「こうしなければならない」


「私はこういう人間だ」


「私にはこれしかできない」


そんなものが少しずつ積み重なって、

いつの間にか、自分の周りに

一つの「檻」を作ってしまうことがあります。


そして、その中に長くいすぎると、


檻の外に別の道があることさえ、

見えなくなってしまう。



苦しいのに、

その苦しさも日常になってしまう。


疲れているのに、

「みんなこんなもの」と思う。


本当はずっとつらかったのに、

つらいという感覚さえ鈍くなっていく。


自分が檻の中にいることにさえ、

気づかないまま。




それでも、体は働き続けている


その間も、体は一緒に生きています。


ストレスも。

緊張も。

睡眠不足も。

無理を続ける生活も。

自分を否定する思考も。


もちろん、心の状態だけですべての身体症状が起こるわけではありません。


でも、心と体は完全に切り離されたものでもありません。


ストレスや不安が続けば、

呼吸が浅くなったり、

筋肉が緊張したり、

睡眠や消化に影響したりすることがあります。


気持ちの状態が体に影響することもあれば、

体調の悪さが心に影響することもあります。


それでも体は、


呼吸を続け、

心臓を動かし、

食べたものを消化し、

必要なものを取り込み、

不要なものを外へ出す。


その時、その体にできることをしながら、


私たちを生かし続けようとしている。




サインを消す前に、聞いてみる



だから、体や心から何かサインが出たとき、


ただ、


「早く消えてほしい」

「邪魔だ」

「今は困る」


と思うだけではなく、


一度、聞いてみてもいい。


「今、体は何を伝えようとしているんだろう?」


「私は何をずっと無視してきたんだろう?」


「今、本当は何が必要なんだろう?」


「何か変えられることはないだろうか?」


もちろん、仕事も、家事も、子どものことも、

簡単に放り出せるわけではありません。


具合が悪いからといって、

人生のすべてを止められるわけでもありません。


でも、


体が悲鳴をあげているときくらい、

できる範囲で、体の都合を優先してあげる。


「まだ大丈夫」と押し切る前に、

少し立ち止まってみる。


自分の体や心に、

少しだけ注意を向けてみる。


体には、体の都合がある


私たちは、つい

自分の生活に合わせて、

体にもついてきてもらおうとします。


「今は忙しいから」


「あと少しだから」


「これが終わったら休むから」


でも、本当は逆なのかもしれない。


体には、体の都合がある。


そして、その体が毎日やろうとしていることは、


仕事を終わらせることでも、

予定を守ることでも、

周りの期待に応えることでもない。


私たちを生かすこと。


長い間「当たり前」だったものが、

本当に一生そのままでなければならないとは限りません。


「私はこういう人だから」と思っていたものも、

「これしかない」と思っていた道も、


一度立ち止まって見てみたら、

別の可能性が見えることもある。


まず、自分が今どこにいるのかに気づくこと。


自分がどんな「当たり前」の中で暮らしているのかに気づくこと。


もしかしたら、そこから初めて、

今まで見えなかった檻の扉が見えてくるのかもしれません。


だから、ときには、


私たちの都合より、体の都合を。


まず、生命を優先する。


体は今日も、

私たちを生かすために働いているのだから。

 
 
 

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